感謝の気持ちは教育で。

疲れているからだと思うが、ちょっとしたことでイラッとしてしまう自分がいる。

一昨日も診療を終えて、弟の夕ごはんを作られねばと2階に上がったら、「鳴いとったよ。鳴くんやな。」とらんちゃんのことを言う。(犬だから鳴くでしょ)と思いつつ、昼の散歩から時間が経っているし、ずっとクレート内だからと、夕ごはん作る前にちょっとだけ散歩へと、クレートを開けて、リードに繋いで、ささ散歩へと居間のドアを半開きで行こうとしたら「寒いって!」とものすごく不機嫌に言う何もしていない弟。この何もしていないが形容詞として頭の中に浮かんでくること自体がおかしいのである。余裕のある時なら、あぁ寒いわなぁとだけで終わるはずである。
弟がくも膜下出血で手術して以来、ずっと文句ばかり聞かされている気がしている。そう言えば、昼間にもわざわざLINE電話してきて、スマホのキーボードがおかしいと言う。直せってことなんだろうけれど、前にも何度も直して、変なところを触るなと言って渡すんだが、旧型のAndroidスマホのため、キーボードが非常に小さくしか表示されずで、誤って押してしまうのであろう。STさんからの宿題も難しい難しいと言い続けるので、相手しつつ、ヒントを与えて、解答を導いていく。もちろん衣食住全てが人のサポートなしでは成り立っていないのが現実である。
しかし感謝しているとは思えない。
リハビリしていた病院では、毎日差し入れを持っていき、洗濯物を回収していくパパに「ありがとうございます」と言っていたが、それはどうやら刷り込みだそうだ。
パパ曰く、感謝の心は教育によって培われるものだとのこと。
毎朝の「おはようございます」から始まり、ごはんをいただく時の「いただきます」そして「ごちそうさま」、そして「ありがとうございます」。これらを事あるごとに口にすることによって、感謝の心が育っていくのだと。だから子どもは感謝しなくて当たり前だと。
脳梗塞や脳出血などを患った人は、子ども返りするからねと、ある人に言われたのだが、あぁ〜こう言うことなのかとやっと気がつく。

一昨日の晩は一緒にいては、ますます自分の機嫌が悪くなるからと、らんちゃんを連れて、自宅へ帰った。元々アスカの調子が悪いとのメールがパパから来ていたので、一人で往復する予定だったんだが、もうこれは一晩一人にしておこうと決めて、私とらんちゃんは自宅で朝まで過ごした。
昨朝、弟宅に着いてからも、弟はさほど気にするそぶりもなく、やはり気分が悪いので、朝は別々でいただき、昼は母宅で食べてくるので、事務所兼寝室にしている部屋にて、らんちゃんと過ごす。嘘のないワンコと過ごして、気持ちをフラットにせねば。
そして、まずは、ごはんをいただく時に「いただきます」と食べた後には「ごちそうさま」と一緒に言うようにしようと心に決め、夕ごはんから実行してみた。そして昨晩もアスカのケア等のために自宅へ帰り、今朝、パパと一緒に弟宅へ行き、パン屋さんのモーニングを一緒に食べた。退院後、初めて弟と会ったパパは随分変わったと言う。顔がよりしっかりして来たそうだ。
弟はと言うと、らんちゃんを連れて来たことへの文句タラタラ。「苦手な人もいるんだから」と。はぁ〜ん、あんたが苦手なんやろと意地悪な姉はココで気がつく。男の威厳が邪魔をして、自分が苦手だとは言えないらしい(爆)。なら早くそんな苦手なワンコと姉ちゃんを追い出すべく、リハビリ頑張れ!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です