初外泊。

初外泊。

外泊をもっとしてくださいねと言われているが、なかなか対応できずで、やっとの外泊が10月6日、7日となった。元々、連休の時は歯科医院の診療を土曜日も休みにすると、今年の初めから決めていたこともあって、カレンダーには10月7日をお休みとしていた。そこで良い機会なので、スタッフにも了解をとり、10月7日の午前中をSCだけにして、診療室に半日滞在させることとした。
パパが6日の夕方、病院へピックアップしに行ってくれて、途中、夕食を食べて来てもらい、20時前に医院2階の自宅入りとなった。『夕食を食べま〜す』とLINEで連絡が入った時に、『私の夕食用にお弁当を買って来て』とお願いしたのに、既読にならずで、結局、夕食と朝食を近くのコンビニまでパパが買いに走った。実は目の前にスーパーがあるのだが、20時閉店で実に残念である。その横にはホームセンターもあるし、衣料品店も、薬局もあるが、どこも割と早くに閉まってしまう。歯科医院の仕事が終わってからでは買いに行けないのよね(涙)。そんなことを話しつつ、ふぅとして、パパはかわいい白黒その2が待つ自宅へ帰って行った。
そして姉弟でこれから12時間ちょっとを過ごす。
弟はお腹が満足しているから、コーヒーだけを所望する。一人でここで暮らしていた時に、コーヒーはどうしていたのか?と聞くと、???である。やはり今と同じで微糖の缶コーヒーを買っていたのであろうか?私がいれば、ハンドドリップで淹れてあげられるのだが、果たして一人暮らしになった時にどうすべきか?と考える。ハンドドリップするにしても、今、ここに持って来ているのは私一人だからとKONO式の1〜2人用のドリッパーとポットである。二人では非効率的である。さてどうする?
そして自宅にてシャワーを浴びると言う。が!シャワーのハンドルが理解出来ずで、出ないと騒ぐ。バスルームに入り、コレよと示し、回してあげる。シャワー後は、ハンドルをきっちり締めておらずで、水滴がポトンポトンと落ちている。実はこれは黙って閉めてしまったんだが、ちゃんと本人に示して、締めるさせるべきであった。意識づけは大切である。ただし温水器のスイッチは切ってあった。こちらの習慣は忘れていない模様である。姉と違ってケチだからね(笑)。

そして22時前には就寝。
ところが5時半には「お腹空いた」と言って来た。
病院ではリハビリのない時間帯は、どうやら横になっていることが多いらしく、そのまま眠ってしまうこともあるのであろう。そこで夜眠ることが出来ずで、病棟内をウロウロして、自販機で飲み物を買ったり、ナースステーションへ行き病棟内がうるさいと言ったり、自由気ままな日々の模様。
その癖が全く出ないはずもなく、多分、私が泥のように眠っていたので、なんとか5時半までは我慢したのか?だがまだ時間の概念がしっかり身についていないため、それは違うのかもしれない。自宅に帰って来た場合、まだ診療が出来る訳でもなく、私が仕事をしている間はこの2階で過ごすこととなる。ゴロゴロと横になっているだけなのであろうか?となると何かすることを作るべきであろうか?どこかへリハビリに通うにしても、今のように毎日ってこともないであろう。しかし毎日でないにしても送迎が問題である。木曜日であればクリア出来ないこともないが。その辺りは介護保険証が来てからの相談でクリアしていくしかない。

5時半の起こされて、コーヒーを淹れて、パパが買って来てくれたサンドイッチを食べる。
TVを点けて、言葉が出るようにするために、ニュースを見るのも手ではと提案する。病室では全くTVを見ずで、食堂で流れているTVをチラ見する程度らしい。なので、ちょっとしたニュースは耳に入っているようだ。

Tシャツ、パンツそして診察衣に着替えさせる。パンツはボタンを外して、ジッパーを下げてはくことを教えてもらっているはずなのに、XLサイズであるのをいいことに、外すことなく履いたので、もう一度脱がせて、私がボタンとジッパーを解除して渡し、履き直させる。しかし多分、私の目が届かないトイレとかでは外すことなく履いているのであろう。リハビリよりも利便性を選んでしまうのは仕方がないことではあるが、繰り返している内に身につくことなのに残念である。

そして8時に診察室のある1階へ降りていき、準備をしつつ、スタッフたちを待つ。スピットンにクラゲー(通称)を入れるのを忘れていたけどね。
本日のSCはベテラン二人で回す。受付とレセコンはもちろん私。弟はどこにいるべきであろうか?と思ったが、ほぼ診察室で立っていた。時々、トイレには行っていたようだが。そして、ぽっかり空いた時間があったので、歯科衛生士Nさんのバキューム補助にて、弟に私の歯をロビンソンで磨いてもらった。少し圧が強い場面もあったが、形になっていたし、体が覚えているようだ。ただし肩が痛い、手が痺れると言って、半分以下で終わってしまったのは残念である。この肩の痛みは本人曰くリハビリでだと言っているが、もう随分長く続いている症状なので、リハビリでなっているのではなく、他の要因ではないかと睨んでいる。ネットで集めた情報によると、筋肉が過度に緊張することから起こっているのではとのこと。手の痺れはどうであろうか?同じなのであろうか?そして、このような症状はどうすれば改善させることが出来るのであろうか?歩きもまだまだであると解析しているパパによると、筋力の低下、そして日常的に横になっている時間が多いことが原因ではないかと言う。そうであれば退院後の生活にメリハリをつけねばならない。何れにしても今後の課題の一つである。

途中、チーフ歯科衛生士Wさんも来て、サポートについてくれて、無事SCのみの診療が終了。ただし弟は早々疲れたと言い、スタッフにお疲れ様の言葉もなく、2階へ上がっていった。ごめんね。

後片付けと会計の締めを終えて、2階に上がっていくと、朝のサンドイッチの残りを冷蔵庫から探し出して、少し食べていた。看護師Iさんから退院して自宅に帰ったら一気に10キロ太るよと言われていたのは、こう言うことか。今回はお昼を回っていたからお腹が空いていたのであろうが、時間に関係なく食べ物を探し出して食べるようになるよと。
さてどうする?
現在、仕事に追われて、料理をすることは皆無である私だが、ちゃんと料理していた時の私は作り置きほぼなしであった。パパがよく食べる人だから、出したものが残らないのだが、作らなければ食べるものがない状態であった。
今回の初外泊を終えて、パパが「生活の拠点をあちら(弟の居住地)へ置くことにして、こちらへは仕事をしに帰ってくるだけと、考え方を変えるべきだ。」と提案してきた。うわっ!そうくるか!であったが、仕方あるまい。と言うことは、あちらで料理すればいいんじゃ〜ってことである。実はガステーブルが3口であるが1口壊れていたり、鍋やフライパンがほとんど使い物にならずであったりで、これで生活していたのか?と驚くほどの生活の質の低さである。長く奥さんとは別居中なので、男の一人暮らしなんてそんなものだろうと言われればそうではあるが、病気にもなるわなぁである。うちのパパも気をつけてあげねばだが。まずは弟の生活の質を上げて、ちゃんと自立した生活が出来るようにしてからだね。それまでパパには踏ん張ってもらわねば。本当に申し訳ない。
ただそう考えると案外簡単だなぁと思える。朝は8時15分に歯科医院の鍵を開けるようにすれば良いのだから、うちでやっていたように7時半に朝ごはんを食べられるように準備すれば良い。そして昼ごはんは遅くなるが、午前の診療が終わってから、簡単に準備すれば良い。問題は夕ごはんである。これは割り切ってお弁当を取るべきかね。この件は追々考えていくこととしよう。

せっかく外泊で帰ってきたので、お昼を食べに出たついでに、父が入院している病院へも連れていく。二人揃って父に会うのは何年ぶりであろうか。痩せてすっかり様子の変わった父の姿を見て、弟はどう思ったことだろう。意識が遠くに行っている様子の父に「お父さん自慢の息子連れてきたよ」と枕元で言ってあげた。私は全く出来の悪い娘だし、父にとっては目の上のたんこぶで、これからもそのスタンスで行く予定(笑)である。看護師さん曰く、今日初めて目を開けたとのこと。私たちが訪れてすぐ目を開けたので、解ってくれたのであろう。そして20分ほど側にいて帰宅。ひょっとしたらこれが最期かもしれない。

あまりにイベントが多くて疲れてしまい、二人で居間にてお昼寝を楽しんでいたら、ガンガン玄関を叩く音で起こされる。インターフォンを切ってあるのでいけないのだが、母であった。弟に会いたいのは解るが、いつものようにタイミング悪しである。弟の見た目が普通なので、高度脳機能障害であることを意識できず、余計な情報を入れる母をあまり近づけたくないのが私の本音である。冷たいと言われるのは重々承知であるが、とにかく弟が前進することだけを考えたい。いずれは母にも様々なことをちゃんと説明すべきだとは思うが、その役目は冷静なパパにお願いしようと考えている。

そんなこんなを終えて、夕ご飯を一緒に食べて病院へ帰して、初の外泊終了。

やはりかなり疲れました。弟も疲れたと思います。
これが日常になったとき、どう乗り切っていくかも考えねばです。

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