叱ると怒るそして、負の感情による弊害。

叱ると怒るそして、負の感情による弊害。

パパからよく指摘されることがある。
「叱ると怒るは全く違うものであり、しゃんのそれは怒るばかりである」と。

叱る。
これほど難しいものはない。
高次脳機能障害となった弟と歩み始めて、本当に自分の至らなさと痛感する日々である。
身内だから仕方がないとパパからも言われたが、それでは前へは進めない。正しい方向へ導くべく、叱れるようにならないといけないのだ。
そして、このところ怒ってばかりいるものだから、仕事のミスが多くなっている。負の感情は本当に人をダメにすることを実感した今日この頃である。
自分自身の気持ちをフラットに持っていかなくては、何事も前へは進めないのだと。
これはもしかしたら人生の終盤(60まで生きれればヨシと思っているから、終盤で間違いないかと。)に神様が与えてくれた最大の贈り物なのかもしれない。
試練ではなく、贈り物。そして自分試しの日々。

そう思ったら納得できるが、やはりそこは未熟な人間であるから、路線を外れまくって進むしか出来ないのが現実である。それでも進めれば良い。停滞するのが怖い。それを弟にも求めるものだから、怒ってしまうのだが……。

今回のPCノート導入についても、全く入力出来ないであろうとは思っていたが、本当に出来ないことを目の当たりにしてしまうと、なんでだろう?どう導くべきなのか?と悩み、哀しみ、情けなくなる。
そして、全く入力出来ていない真っ白な画面を見て、弟はどう思っているのだろうか?と思い、本当に努力しているのだろうか?と疑問視してしまう。
そんな思いもあって、先日ST(言語療法士)さんにノートPCのリハビリは時期尚早であったのでは?とのお手紙を出したら、翌日にお電話をいただいて、あれこれとお話し出来、なんとなく気持ちの整理がついた。
やはりパパとワタシが考える以上に高次脳機能障害は奥が深い。弟の場合、自らやろうという意志が乏しい遂行機能障害が目立つ。そこで、どこかにやる気スイッチがないかと探しまくってはいるが、そんなものはないのかもしれない。それでも諦めずに探していくしかないのだろう。
今回の電話で、STさんからは病前と病後の環境を変えてはいけないと指摘された。ノートPCについても病前に使っていたPCと違うから、使い勝手が違うのではと。同じwinだから、キーボードの配列及び操作は変わらないと思われるのだが、レセコン(こちらもwin上で動いている)しか触ってなかった弟には、普通のwinでのWORDは別なものと映るのだろうか。そしてキーボードの感触も違うから、別に思えるのだろうか。macとwinを使い分けている自分には理解しにくいのだが、どうやらこれは新しいものが覚えられないという、記憶障害のひとつであろう。
しかしそれ以上に悪いのは、弟のとんでもなく高いプライドである。これはひょっとすると社会的行動障害を生み出す元凶なのであろうか。そしてこのプライドが高いのは、病前からなので、『先生』と呼ばれることで培われてしまったものなのかもしれない。ちなみにワタシは劣等感の塊だった人間なので、プライドはほんのちょっとしかない。
今は劣等感もプライドも必要以上に持っているとサクサクと進んでいけないので、捨て切っているつもりである。それでも時々顔を出すので厄介なんですがね。

ちなみに今週は、仕事始めから非常に忙しい1週間だった。諸事情で午前入りのスタッフが一人いなかった(数ヶ月後にはこのパターンが通常となる)のだが、スタッフが一人欠員する影響を考えつつ、しかし、こうなることで弟の仕事が増えて、責任感が増せば、より良いのではと思い描いていた。ワタシが口を出すとヘソを曲げるので、スタッフたちにお任せして、ワタシはスタッフたちに気になったことだけを一言二言進言するだけの予定である。

まずは進んでいくだけだね。

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