半年考えての方向転換。

半年考えての方向転換。

「仕事のサポートはするけれど、生活のサポートは取りやめる」
と宣言して半年がたった。
ときどき夕ごはん用のお弁当は作って差し入れるが、朝ごはんの買い出し、洗濯、掃除などはノータッチだ。
日曜だった昨日は隣町のパン屋にモーニングしに来たついでに、パンを差し入れて
「階段掃除しておきぃね」
と玄関に、ほうきとちりとりを置いて帰った。
指図を覚えて、掃除してあるだろうか?
と不安だったが、今朝来たら、それなりに掃除してあった。
次回は木曜日に階段の手すりなどの拭き掃除をするよう指図しておこう。

さて、半年ほぼ黙ってみてきた。
(と言っても小うるさい姉ちゃんには、変わりはなかったんだが ^^; )
弟の仕事である朝の鍵開けと、計算してのつり銭入れは、おおよそできるようになってきた。
朝のあいさつも言葉が出るようになった。
時間はかかるが、やらなくてはいけないことを明確にしていけば、できるようになっていくのは確認できた。
ここに何をプラスしていくか?

朝、その日一日のスケジュールを一緒に確認していくことで、何かが見えてくるかもしれない。
以前は、ワタシがExcelで作ったスケジュール表を貼っておき、それに沿って行動するように促そうとしたが、あくまでもワタシの作ったものであるから、弟にはひびいていない。
ワタシの負担は増えるが、朝の移動を1時間早くして、朝ごはんを一緒に取りつつ、一日のスケジュールをともに見ていく。

昨日、そう動きたいとパパに相談したら、おおむね
「やってみたらいい」
と言ってもらえたので、手探りしつつ、走ってみることとした。

まずは今朝。
5時半に起きて、サンドイッチを3人前(パパ、弟、ワタシ分)作って、こちらへ走ってきた。
7時に着いたら、偶然、弟が診察室裏口に来ていたので
「朝ごはん一緒に食べながら、今日やるべきことを確認するよ!」
と伝えて、つり銭確認を終えたあとに、スケジュールをA4用紙に書き記していった。
今朝は何時に起きたの? からはじまって、診察室へ降りてくるまで何をしたのかを弟に言葉として出させて、ワタシが書く。
そしてこの後、何時に何をすべきかを言葉に出させて、書き記していく。
スケジュール記入に約30分かかった。
「言葉が出ない!」
と苦悩する弟を見ながら
「言葉が出ないけれど、モノはわかるの?」
と問うと、うなづくので、モノまで案内してもらう。
そこでモノの名前を復唱させる。

実は「おはようございます」も最初は全く言えずだったが、『おはようございます』と記したカードを見ることと、言葉の復唱で言えるようになったのだ。

単純な繰り返しを続けるしかないようだ。

言葉が出ないと苦悩はするものの、自ら工夫をしようとはしない。
自分の仕事だと理解はしているが、長く作業ができない。
これとあれをするなど、ふたつのことが同時にはできない。
スケジュールで確認した仕事でも、人に指示されないとできない。
これらは高次脳機能障害の症状である。
これをカバーしていかねばならない。
24時間一緒にいられれば、それも容易だが、そういうわけにはいかない。
だったら、工夫する。
考えるより、まず動く。

歯科医師として復活させる。
ほぼ前例にないことをしようとしているのだ。

大きすぎる野望を持って走っているのだ。
外野からは何度も「無理だ」との言葉を聞いた。
ワタシも現実があらわになっていく毎に「無理か!?」と思った。
あきらめるのは簡単だ。
しかしワタシは、あきらめが悪いのだ。

今朝も弟は
「言葉が出ないから」
と苦悩しているふりをする。
苦悩しても、その先に何とか進もういう気はない。
だから”ふり”だとワタシは、あえて言っている。

”ふり”が”ふり”でなくなるように導いていく。

まずはそこから。

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