言葉を失いかけた弟。
先日、その言葉が人に与える影響を目の当たりにした。
弟が高次脳機能障害となってから、気がついたことではあるが、人は、その人が言葉を上手く話せないことで、知的能力が落ちていると思いがちである。
ワタシもそのひとりだった。
でも弟は全ての知的能力が落ちたのではなく、内蔵しているはずのパフォーマンスを表に出す言葉の扱い方を失ったのである。
ただしどれだけ内臓しているかは、未だ不明である。
くも膜下出血は左脳で起こったため、言語障害が主だった障害ではあるが、その他にも様々な障害を抱えることとなった。
それをリハビリを繰り返すことで、新たに構築し直している最中である。
歯科医院での下働きをしながら、少しずつ表に出していけるようになればと思っているのだが、素人のワタシの思いは上手く伝わらない。
そしてその下働きがちゃんと出来ているかどうかの評価をスタッフたちに○×△でしてねとお願いしてある。
ところが
「先生に対して評価はしにくい」
と先日の研修時に言われた。
「リハビリの先生からのお願いですか?」
とも。
「いや〜ワタシのお願いだし……でも弟は先生じゃなくて今はリハビリの人だよ。そのリハビリを続けていく上での指針となればと思ってのお願いです」
と答えたが、合点がいかないようであった。
やりにくいのなら、4月から少し考え直そう。
ポイントは『先生』なのか。
すまない。
ワタシは先生じゃないわ。
その昔は『事務の先生』と子どもたちには呼ばれていたけれどね。
便宜上の先生ね(笑)。
『事務のお姉さん』と呼ばせとけば良かったなぁと今になって思う。
ワタシはあくまでもずっと事務屋である。
『先生』がポイントだと考えると、今までのあれこれについて、いろいろと思い当たる節があって、面白いなぁ〜と思い返していた。
ままそんなことはどうでも良いのだが……。
いずれにしても、ワタシをはじめ、人って言葉に惑わされるんだよな。
いや〜本当に面白い。
そんな水曜朝。
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