対抗心。

対抗心。

材料屋さんと、ある器具の話を長々としていたら、ワタシが去った後、注文を記入しておくノートを広げてシゲシゲと見て、何かを材料屋さんに話している弟。
その後も、レントゲン室をのぞいて、さらに材料屋さんに何かを話していた。
気にはなったが、後から材料屋さんに聞けばいいやとほかっておく。

代診の先生のあてはないのか?
20年モノのレーザー治療機は直せないのか?

の2点だったらしい。
ワタシ以上に材料屋さんは、弟がダメなのこと理解しているため、適当に流しておきましたと言ってくださった。
助かります。

レーザー治療機については、今、お願いしている代診の先生が自身のを持参してくださっているので、それで通常はやっているし、20年モノのについては、ずっと以前に部品の供給が止まってしまい修理はできないと返事済みである。

そんなことさえ忘れている。

でもワタシへの対抗心があっての材料屋さんへの会話だったのであろう。
そう言えば、2年ほど前にも同じようなことがあった。
ワタシに叱責されたり、無視されるのが、悔しいのであろう。
自分の歯科医院なのに! との思いがあるのであろう。

しかし何をどうしろと言うの?
君はまともに何も出来ないではないか。

材料屋さんへの長話は、君がミスるから、今回の感染症予防措置のアレコレを有効活用して、ある機器を導入してみようかと思い、お見積もりをお願いしたのだ。
ワタシの仕事はマネージメントである。
どう上手く流れを作っていくかが、ワタシの最も大きな仕事なのだ。
それに対抗心を燃やしてどうする?
と思いつつ、あぁ〜やはり、もう上手くはやれないのかもしれないとの思いを強くした。

結局は病識がないのが難点なのだ。
病識を持たせるために去年、時間を作って、脳神経外科の先生のところまでパパも引き連れて3人でお邪魔したのに、全く効果はなかったようだ。
ましてや、周囲から
「こんなに治って!」
などと驚かれるから、始末に悪い。
治ってなんかいないんだよ。
確かに、壊れた脳の部位の大きさから比較すると、非常に予後は良い。
だが壊れたのは脳なのだ。
見た目では計り知れない障害(つまり高次脳機能障害)が大きく残っているのだ。
それを意識して欲しい。
ただただそれだけなのに。
本人は全く意に介さない。
自分はちゃんとできると思い込んでいる。
出来なかったことは、数時間後には忘れてしまっている。

パパ曰く、そうすることで自分自身を守っているのだろうと。
そうやって守らないと、多分、気持ちが大きく壊れてしまうのだと。

確かにそうだろう。

でもそうなると進歩はほとんど望めなくなる。
病識を持たない限り。

そんなことを思った月曜午後。

ワタシはどう歩むべきなのだろうか。

アイキャッチ画像はハハのお昼寝枕をアゴ枕にするアスカちん。
これもある意味、対抗心なのかな!?

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