気配り。

気配り。

高次脳機能障害となったからなのか、それとも元からなのか、弟は人の気持ちを考えようとしない。
今日も、午前中の診療が押して、全ての作業が終わったのが12時20分を回っていた。
月水金の昼は、母がこちらに来て、ワタシが作ってきたお弁当を弟と一緒に食べるとしてあるので、母が12時15分頃に来ていたのは受付から見ていた。
弟も下仕事が終わったら、すぐに2階の居住空間へ上がっていくものだと思っていた。
がしかし、ふと院長室をのぞくと、一生懸命にSTさんから出された宿題をしている。
代診の先生曰く
「さっきお母さんから電話入っとたぞ」
とのこと。
「何しとる!」
と雷決定である。
「暑い中、階段でお母さんは待っとるんやぞ」
「ここで宿題しとるってどういうこと?」
「お母さんのこともちゃんと考えろ」
で終了。
どちらが大切かってことである。
弟にとっては宿題の方が大切なのかもしれないが、母がこのクソ暑い中、階段で待っているのだ。
電話してきて
「まだなのか?」
と聞いてきているのだ。
本来ならば、年老いた母を優先すべきである。
それさえも気がつかない。
それが高次脳機能障害の恐ろしさなのかもしれない。
しかしきっと病前の性格も大きく影響しているのであろう。
人の気持ちや人の思い、それに気を配れない。
悲しい性格である。
そう言えば、今、フアリさん(引退盲導犬)を帯同して出勤している。
弟のリハビリ中にフアリさんをリハビリを行う部屋のケイジに入れておくのだが、それを知っているはずのに、リハビリ終了後にエアコンを切って出てきた。
引退盲導犬で非常におとなしいし、ケイジの中は見えないようになっているので、フアリさんがいることを忘れていたのかもしれないが
「ありえへん」
と雷を落としたのが、今週の火曜だった。

とにかく自分以外の人や生き物などには気配りができないのである。
どうしたら気配りを生むことができるのであろうか?
ずっと思案している。

そんな金曜正午。

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